多くの宗教では、山は崇拝や信仰の対象であり、神そのものであるとされる場合もあった。そのため、様々な聖典や伝説で登山が記録されているが、これらの検証は困難である。121年にローマ帝国のハドリアヌス帝が朝日を見るためにエトナ山を登頂したのが、宗教目的以外で記録されている初めての登山である。
19世紀のスイス・アルプスは英国人登山者のメッカとなり、アルプスの主峰39座のうち、31座の初登は英国人によって達成された。
ジョージ・マロリーが「そこにそれがあるから-Because it is there.-」と答えたのはあまりに有名であるが、記者の「なぜ"未踏峰(エベレスト)"に登るのか」という質問への答えであることはあまり知られていない。北極、南極に次ぐ第3の極地エベレストは、征服すべき対象であるとも説明している。
日本の「近代登山」のはじまりをどの時点に置くかは、人によって解釈が様々であるが、1874年(明治7年)に六甲山における、ガウランド、アトキンソン、サトウの三人の外国人パーティによるピッケルとナーゲルを用いた登山が、日本の近代登山の最初とされることが多い。ガウランドは1881年(明治14年)に「日本アルプス」を命名した人物としても知られる。1889年(明治22年)には、ウエストンによってテント・ザイル等が持ち込こまれ、ウエストンの助言で小島烏水らが1905年(明治38年)に日本で最初の山岳会「山岳会」(後の「日本山岳会」を設立した。この年を近代登山のはじまりとする説もある。また今西錦司の言うように1918年(大正7年)の第一次世界大戦の終戦時をもって近代登山の幕開けとされることもある。
(wikipedia参照)